「こんな町創りたい」私の夢です
江戸時代の三次市三次町は、交通の要所として重要な役割を果たし、宿場町として繁栄しました。この時代、三次は山陽道と山陰道を結ぶ「出雲街道」に位置し、また江の川が流れることで日本海側との水運も可能にしたため、地域の物流と経済活動が活発化しました。
そのせいもあり三次町は旅人や商人が行き交う宿場町として発展しました。宿場町は、当時の幕府が全国の主要街道に沿って設置した休憩や宿泊のための拠点であり、三次宿もそのひとつでした。街道沿いには旅籠(はたご)や茶屋が並び、宿泊や食事を提供する施設が充実していたため、旅人たちの憩いの場となり、商人たちの取引や情報交換が活発に行われました。
と歴史には示されています
実は、この町江戸時代以前より計画的に作られた町並みであったと
物言わぬ古地図達はそれを物語っています
時代の流れでこの古地図に書き込まれている建物に人の名前が書き込まれていたり
また持主が変わったり、建物自体新しくなったりしていますが
さほど変わらないのが碁盤の目のような道です
余談ですが、こういった古地図をみると当時に生きていた人たちの息遣いが聞こえるようです。小路などは風情も良く歩いていると「この道武士も歩いたかも」、と
タイムトラップを感じたりします(((´∀`))ケラケラ
しかし現代の住宅事情からこの町並みの様子が少しずつ変わってきました
小路を歩いていても空家が目立ちます
また空き家の建物の損傷も目立ちます
戦争や数々の震災を経て新しく建築基準がさだまり
再建の難しいものもあります。
当然のことではありますが人が手を入れていかなくてはいけません
現代に生きる私は何とかこの町並みを残したいと思っています
残すのは建物だけではありません。
400年前からあるこの小路を人々が行きかう町、
江戸時代の三次町がそうだったように人が集まる町に、人との交流、文化、情報交換の場、憩いの場を、先人がつないでくれたバトンを次の世代に渡せるように頑張ってみようと思いま。
不動産はまさにそのバトンだと思います
このプロジェクトはバトンの手渡しと一緒に町を創る仲間作りでもあると思っています